お正月はしゅんちゃんの実家で過ごしました。
本当に何もせず、食べて寝るだけ。
そんなワケで、
充実の初夢ロードショー3部作を堪能しました。
[SOUL-conscious] #60

エピソード1は、なんとオバマ新大統領が登場。
何故か私のマンションに大統領が来ていて、
一緒にクーデターに巻き込まれちゃう、っていうストーリー。
海からは津波のような大艦隊、
空からは雷雨のようなパラシュート部隊。
絶体絶命…!
結末の前に目が覚めてしまったけど、妙にリアルだった。
大統領は、冷静で勇敢で俊敏だった。
私も、直ぐに覚悟を決めた。怖くはなかった。
関係ないけど、
先日ある人から「モトカさんは次元だね」と言われた。
次元大介。
「え? 不二子とか五右衛門じゃなくて?」って思ったけど、
そう言えば、私のそばにはいつでもルパンがいる。
ストイックなパートナー、って私にとってハマリ役かも知れない。
オバマさんもルパンぽいしね。。

エピソード2は、R-15です”"”
『Lの世界』見過ぎだろ!ってカンジの夢でした。
sweetでeroticな親密さを共有するシーン。
詳しくは書けません(爆)
「生」と「性」について、
分けて考えることは出来ないと私は思っていますが、
自分自身とても屈折した人生を歩んできましたから、
いろいろな意味でストレートに生きている(ように見える)人には、圧倒的に憧れてしまいます。
今年も新年早々、
そんな出逢いの予感に満ちています。

エピソード3は、サクセスストーリー、、、なのかな?
思いもかけず、自分の店が大きくなって行く話。
「成功」って、「幸せ」と同義ではないと思う。
人望が集まったり資産が拡大していくことは、たしかに悪い気はしないけれど、
そういう視点にはあんまり興味が持てません。
もしも成功や幸せを客観的に測定しなくてはいけないとしたら、
量については「適正量」、質については「気高さ」という視点が必要だと思っています。
つまり、
少なすぎず、多すぎず。
そして、
較べない、競わない。
自分の店について言えば、
そこで、どんな人とどんな意識で交わるか、ということを大切に感じています。
少し飛躍しますが、
「動的な静寂」というものに、私はこの上もない美しさを感じます。
たとえば呼吸に意識を集めた時に、誰もが心に静寂を感じるのは、
その波のムコウに連なる、大いなる宇宙の鼓動に気がつくからなのだろうと思います。
「生きる」は「息る」のメタファーですから、
呼吸という最小限の「動的な静寂」は、最も分かりやすい「宇宙の真実」なのだと思います。
この宇宙は、
どこを切り取っても、そこに映し出されるのは大宇宙の似姿ばかりなのだということです。
そんなワケで、
私は自分の生き様に「個」を表出させることよりも、
自分の存在に父なる宇宙の刻印を感じることの方に、より豊かな幸せと歓びを感じます。

怠惰で妄想に満ちた三ヶ日のダメオシに、
今さらながら『ドッグヴィル』を観ました。
暗喩に満ちたドロドロの映画。
監督は相当にクレイジーだろうと思ったら、
なんと『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を撮った監督でした。
なるほど。。。
ニコール・キッドマンが出てなかったら絶対に観なかった。
それにしても、
ニコール・キッドマンって、どうしてあんなにドロドロの役ばっかり演じるんだろう。
私にとってはそれがむしろツボだったりするんだけど、、
「美しさ」ってキレイ事じゃない。
そこにはエゴが群がるし、残酷なジェラシーを刺激する。
そんな、「美しい」ということが放射する力の質を、
彼女は彼女にしか出来ないやり方で、おそらく最も挑発的に暴こうとしている。
自虐的過ぎるくらい、あけすけに暴こうとしている。
「美しさ」ってキレイ事じゃない。
あれほどキレイな人にそのことを体を張って表現されたら、説得力がある。
ニコール・キッドマンって、本当に美しいと思う。
ところで、恒例の大雄山への初詣。
⇒ 過去ログ
今年の天狗は無言でした。
ネバったけど、何も言ってくれなかった。
諦めて、寂しく山を下りようとした時に、
無言の意味が分かりました。
「道は、私が択ぶ」
そう言わせたかったみたい。
背中越しに、天狗の風を感じた気がしました。
