月夜の淵で

月のせいかな。。

苦しくて、息が出来ないほど苦しくて、

叫ぶほど若くはないし、眠れるほど穏やかではない。

ビールを2本飲んだけど、

それが答えじゃないことは分かってる。

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またしても、今日再び思い知ったこと。

「強さは正しさを凌駕する」

 ”正しい”ということは、意に反して 必ずしも主流ではない。

 ”強い”ということは、善からも悪からも等しく意味を奪う。

その様を、私はむなしく見過ごすしかない。。。

 苦しさの正体を見極めたくて、

 月夜の淵で、どうにか呼吸をしています。

 それでも穏やかに笑う、という修業をしながら。

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切ったり結ったり、触ったり語ったり、編んだり書いたりしています。
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月夜の淵で への3件のフィードバック

  1. すいか より:

    昨晩の月は凄かったですね〜
    見入っていました。
    引力に吸い込まれそうな錯覚に陥りましたよ。
    強さかあ〜
    人を抑えるのでなく、もっと低い位置の・・
    器の広い強さが欲しいな・・
    まだまだですね・・
    あたしも修行ですわ

  2. GIGA K より:

    「正義は論議せられがちであり、力は大そう認めれれやすく論議もせられない。だから人は正義に力を与えることができなかった。なぜといって力は正義に抗弁し、汝は不正である、自分こそ正しい、といったからである。かくて人は正しいものをして力あらしめることができず、力あるものをして正しいものとした。」(パスカル『パンセ』)残念ながら、こういうことなのかもしれません。「自然は人間のすべてに住むべき土地を与えたが、しかしこの土地を分ける時に拠りどころとなる力は、人間に等しく分け与えなかった。」(サド『悪徳の栄え』)天地開闢いらい、不条理ながら、不公平が歴史を貫いているように思えます。

  3. GIGA k より:

    なるほど。確かに、人類の歴史は、不条理に貫かれながらも、その不条理を少しずつ是正してきた行為の積み重ねです。
    特に、近代以降に職業も学問も表現もファッションも美容も万民に門戸を開き、大きな流れの中にありながらも、自分を自分で作る「自己実現」という概念が生まれだわけですから、美容業がその一翼を担っている、というのはその通りだと思います。

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