光の功罪

せッちゃんに誘われてダイアログ・イン・ザ・ダークへ行った。

私はどうやら、暗闇の中でもハシャギ回れるタイプらしい。

むしろ、かえって視覚を頼らない方が、心が自由だ。

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 光の功罪について考えた。

 ヒトには五感があるけれど、

 視覚だけがパンドラの箱を開ける。

 味覚や嗅覚や触覚は肉体から離れることはないし、

 聴覚だって、せいぜい歩いて行けるキョリでのリアリティだ。

 

 私は常々、「幸せ」は手の届くキョリにしかないと思っている。

 器を超えて「幸せ」を拡大しようとするから妬みや優劣が生まれ、

 侵略や略奪や搾取が行われ、

 つまり、争いの終わりなき連鎖になるんだ。

 

 視覚は、悪魔だ。

 時空を超えるし、偽りと真を同じ地平に映しだす。

 

 視覚が恩恵だとするなら、光は一瞬だけでいいのかも知れない。

 稲妻のように、瞬間だけ距離と奥ゆきを照らしてくれれば、それでいいんだと思う。

 「見えた」ときの記憶だけで、私たちは正しい方向へ走ることだって出来る!

 むしろ、そういう状況での感覚にこそリアリティがある。

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光の功罪 への1件のフィードバック

  1. SETSUKO より:

    昨日は楽しかったねぇ。
    暗闇に響くmotokaの笑い声。
    暗闇で頂いたワインの味とともに一生忘れないでしょう(笑)

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