近況など

昨日、東京の真ん中で、

今シーズン初めての蝉の声を聞きました。

梅雨が明けたのを知ったのは今日でした。

友だちからのメールで。

少し前からTVの無い生活。

20090715-ido.jpg

このところスッカリ更新が滞っています。

私にとって「書く」という作業は、

とても神聖で、大きな意味を持っているのことなのですが、

だからこそ、

日々の雑多な出来事を書き留めることには今はまるで興味を持てなくて、

ましてその出来事たちの質や量があまりにも膨大すぎて、

生々しすぎる気がしています。

今の私の状態は、

とてもとても「情報発信」や「自己表現」というカタチに落とし込むまでには程遠くて、

しばらくは時間がかかりそうなカンジです。

。。なんて書くと、さも大げさなのですが、

つまり平たく言うと「忙しい」んです。(笑)

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「意図」について考えています。

以前にも書きましたが、『soulbeauty.net』というドキュメンタリー・プロジェクトでは、

情報をなるべく生のままにお伝えしようと、私自身は極力声を発せずに黒子に徹することを考えました。

けれど積み重ねた記録を振り返って俯瞰したときに立ち現れてきたのは、

「いったい私は、どんなことに興味を抱き、どんなスタンスで世界と関係しようとしているのか?」

「そしてその作業を記録して他者と共有することを通して、その先に私はどんな未来を意図しているのか?」ということ。

つまり、排除したはずの私自身のプレゼンスでした。

真実を客観的に描写しようとする作業そのものが、そこに介在する作業者の「意図」に他ならないということです。

あるいは日々のサロンワークの中でも、

ヘアスタイリストとして髪に触れるにつけ、そこに実在するフォルムからも「意図」を感じます。

たとえば、「あぁ、このコ(毛流)はこっちへ行きたいのね」という具合に。

それはまるで、お客さま自身が日常の「意識」においてつくりあげているドラマとは別の次元で、

髪の毛(あるいは肉体)が「存在」を主張しているかのようです。

私は「ありのままの真実」というものへの興味に取り憑かれているワケなのですが、

そのものに目を凝らすほどに、

「存在」ということの実体は「意図」なのではないかな、と思うのです。

「意図」によって刻印された署名が「存在」なのではないかな、と。

生まれて生きて死んで行くことを、一つの大きな呼吸だと考えれば、

この宇宙の存在そのものが、最も長くて大きな呼吸なのだと思えるし、

その呼吸こそが「意図」なのだと感じるのです。

と、ここまで書いて再び始めに戻ります。

私は「意図」について考えています。

「意図」はエネルギーのベクトルですから、

そこには力があります。方向があります。

私はどれほどの力で、

どこへ向かって運ばれて行くのか。

それを私は、穏やかに傍観しようとしているのです。

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そんなことを考えながら、アトリエミームは先月1周年を迎えました。

積み重ねてきたことの確かさ、抱かれている流れの確かさ、今ココで起きている感覚の確かさ。

それらは私の中で、銀河のように壮大な磁場を描いて、美しく回転しています。

今は残念ながらそれ以上をコトバにすることは出来ませんが、

ただただ地味にヒッソリと、日々のワークで表現しようと試みています。

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